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2009年 04月 30日

大阪 淀屋橋 適塾 銅座跡と幼稚園

適塾に着きますと、梅がまだ咲いており、先客の紳士が梅をデジカメらしきもので撮影中でした
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撮影の邪魔をしないように、前の道路で時間をつぶしながら、
撮影中の姿を撮ろうとピントを合わせていましたら、ちょうどカメラを下ろすタイミングになってしまいました

適塾の西隣が小さな公園のようになっており、緒方洪庵先生の講義中の姿を模した銅像があり、
その銅像の前で遊ぶ幼稚園児たちの姿が、
えらい先生の話も聞かず遊びまわる子供たちのように見えたので、これは面白い!とカメラを向けたのですが
近づいて、ピントを合わす前に、場所移動されてしまいました
しばらくチャンスを待っていたのですけれど、同じシチュエーションにはなかなかならず、
あきらめてふと公園の西隣を見ると、こちらも木造の古い建物が。
以前に訪れたときはまったく気づかなかったのですが、なんだろう?と その公園を南側のビルの方向に進んでいくと
細い路地を抜けて適塾の一つ南側の筋に出ることが出来ました
その建物は
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幼稚園で、昔の銅座の跡だったのです。
こんなのが、適塾の裏側にあったんだ、何で気づかなかったんだろう?
先ほどの幼稚園児たちは、ここの園児だったに違いない
きっと、洪庵先生は、毎日講義を聞いてくれない園児たちにも、起こらずに根気良く、
話しかけていたに違いない
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適塾は、ちょうどこの建物の向こう側。

おっと、そろそろ安全衛生委員会の時間が迫ってきたので、散歩を切り上げねば。
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オリンパス35DC F.Zuiko 40ミリf1.7
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by mimopowerOM-1 | 2009-04-30 21:21 | オリンパス | Comments(2)
2009年 04月 29日

熊野神社 御守

適塾の東となりにお地蔵さんが祀られていました
道端のお地蔵さんを時には写してみる事もありましたが
kenclipさんの影響か、最近はより気かかるようになりました
ガラス越しに慎重にピントを合わせてパチリ
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よく見ると、このお地蔵さん、熊野神社のお守りを持っていらっしゃる
3月の事でしたから、新宮の桜は、このお地蔵さんのお導きだったのかもしれませんね

オリンパス35DC F.Zuiko40ミリF1.7
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by mimopowerOM-1 | 2009-04-29 20:51 | オリンパス | Comments(2)
2009年 04月 28日

オリンパス35DC

この間は、偏屈に、オリンパス35RDなんぞを出してみましたが
今回はノーマルにオリンパス35DC
キャノネットQL17G-Ⅲとほぼ同時期に写していました
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キャノネットと同じ被写体です、確かこちらが朝に写してたかな?えらい傾いています
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ソフトボールのチームメイトの弟君、朝のうちは、カメラを向けるとお母さんの後ろに隠れてた
もう仲良くなったもんね。まだ3月の、寒さの残る頃でしたね。

勤め先で、安全衛生委員会と言う雑務を命じられており、月に一度、大阪に出向きます
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良い子のみんなは真似しないでね

今年のF1はカーズなんていうエコに訴える?充電エンジンパワー補完システムを用意して
チームごとに選べるようになっているらしいのですが、まさかあのフェラーリが搭載しているなんて、、、、、
シャ-シが多少悪くてもエンジンで引っ張りまわしてたイメージがあるだけに…

本社に着いて、少し時間が早かったので、居場所もないしお散歩としゃれ込む
この間から北浜から南森町あたりはここに取り上げているので、久しぶりに淀屋橋方面
適塾あとなんかに行って見ようかな、近いことだし…
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”すいてます”が、店は地下なので、ほんとかどうかわからないけど実感がこもってる…気がする。

適塾の前のビルでは、クリスマスのサンタさんの電飾飾り見たくとび職が並んでいた
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by mimopowerOM-1 | 2009-04-28 20:50 | オリンパス | Comments(6)
2009年 04月 27日

お引越しのお手伝い

3月のある日曜日
お引越しのお手伝いをしてました。
友人からとても重たいものがあるので手助けして欲しい、と、

今まで住んでいたマンションの持ち主が変わり、立ち退きになった
いろいろあって、やっと引越し先も決まり、
EV無しの2階から、EV無しの4階建ての4階にお引越し。
ぼちぼちと小物関係を鞄につめて運んで行っていたそうなのだが
これだけは一人では無理!4人がかりぐらいで運ばなきゃ???

で、物は何かと言うと、”タブレット閉塞器”
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これは何?なんで、こんな物があるの?
”いやぁ、北○州にあったのをもらって、運んでもらったんだよ”
いや、そんなこと、聞いてないって。
”確か○川急便の兄ちゃんが2人がかりで運び上げたんだよね”
”その後、今の(立ち退き予定)マンションに3人ぐらいで上げたと思う”
で、どうやって運ぶの?
”階段のスロープを利用して、引き摺り下ろして、台車につんでゴロゴロ押していって”
”向こうの階段は、台車を利用して、何とか持ち上げる”…

で、何するものなの?
”単線の駅にあって、車掌がタブレットの中の玉を上からこの機械に入れると、初めて信号が送られる、
そうすると電車が走れるようになる。
その後、玉をしたから出して、タブレットに入れて次の電車に渡す。”
(鉄チャンじゃぁ無いので説明に間違いがあるかもしれません)
ああ、ああ、子供のころに近所の水間鉄道で見たことがある
あの大きな錠前みたいな、鞄みたいな、車掌がすれ違う駅で交換するやつね!
子供のころって、自分が持ってなくて、人が持ってて扱っているものに、妙に興味を引くんですよね。
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と、言うことは、駅においてあったやつ?
”そうだよ、そう言ってたじゃん”
そりゃ、重いはずだよ。

まぁ、ここまでの話は多少時間経過と話の前後がありますので、実際の会話とは異なりますが
多少の脚色を加えて、こんな道筋でして…

たしかにこいつの存在は今までにも話題に出たことはあったのですけれど
名前なんて綺麗さっぱり忘れていたし…

”秀じぃ”の”家にもあるらしいよ、見たことなかった?”
そんなの、実存の姿としてイメージ無いから、見れども見えずだよッ。

幸いに、階段を台車を使って1段ずつえっちらおっちらと上げていくことに成功し、
無事に引越しは終了。

せっかくだからカメラに収めようってんで、ちょうどフィルムを詰めていたチノンとヘリオスで、引越しの途中に写したんだけど、
この後の作業を考えると、撮影に集中できず
やっぱり、ただ写っているだけの写真でしかありませんでした
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それでも珍しいものなので、許可を得てアップいたします
”おまえ、よりによって、けったいなカメラとレンズだなぁ、ロシアもんやないか!”

こういう骨董品は、ロシアの空のニビ色の光で鍛えられたレンズの方が味が出ませんか?
ただ単に、露出不足なだけなのかも…
チノンCE-3メモトロン+ヘリオス44M-6 58ミリF2
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by mimopowerOM-1 | 2009-04-27 19:32 | ロシアもの | Comments(8)
2009年 04月 25日

ヘリオス44M-6 M42マウント

いつものように通勤の途中、道が詰まっている
赤色灯も見えるので早めに左による
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近づくにつれて様子がわかってきた
焼け焦げている赤いボルボ
派手にやっているなぁ
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クルマを転がしながら写していたら怒られるよなぁ。

ソビエト時代のゼニットについていたM42マウントのヘリオス44M-6  58ミリF2
58ミリF2のスペックからビオター58ミリF2のコピーかな?
でも、コーティングがまったく違うんですよね、ビオターとは…

ちがうんですけど、良く写ります
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会社の庭の白姫花コブシです

ヘリオスは、もう1本持っていて、そちらは少し時代が古く、
絞りのオート、マニュアルの切り替えが付いている
こちらのものは切り替えなし
社会主義経済でもコストを考慮してるんですね
ただの手抜きかも。
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同じく、まだ固いつぼみの桃の花、会社の庭で。

植える時期が遅くて、成りが悪かった赤カブ
抜いておいていたら花が付きました
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by mimopowerOM-1 | 2009-04-25 23:23 | ロシアもの | Comments(11)
2009年 04月 24日

新宮行 最終章

朝食をとるので、朝7時半に、ホテルに入っているレストラン?茶店で落ち合うので、急いでポチポチ写真を撮りながら戻っていく

迷っちゃまずいので元来た道をたどっていくのです
行きにも写したのだが帰り道でもちょっと鉄チャンしました
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JR紀勢線の線路。ここに写っているトンネルは、新宮城の城山の真ん中をくりぬいて、熊野川の鉄橋に出て行きます、つまり上り方面ですね。
写真の上がりを見て、悔やんだこと悔やんだこと
せめてローカル列車でも、通りかかってくれたなら、それなりの鉄チャン写真が完成したのに…
次の列車までどれくらい間が開くかは判らないし、待ち合わせ時間もあることだし…

道の途中で、右に曲がれば”浮島の森”左に向けば西村記念館
すぐそこに見えるしゃれた明治時代の洋館風なのがそうかな?と、行ってみるとまさしくそれ
ムーミン谷にありそうな木造の洋館
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すぐそばの民家も瀟洒な建物
明治時代は景気が良かったことが伺えます

散歩から戻り、朝ごはん
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ご飯の炊き具合もよく、しゃけの切り身の美味しいこと
適度な運動もあいまって、久しぶりにカロリー気にせずご飯をおかわりしてしまいました
(えっ、いつも気遣って無いようだって?)

さぁ、お手伝いがんばるぞ!
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熊野川にかかる鉄橋と、城山と列車
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by mimopowerOM-1 | 2009-04-24 13:12 | ごにょごにょ旅日記 | Comments(9)
2009年 04月 22日

新宮城登城記3

新宮城の別名、丹鶴城は、この山に城が築城される前に熊野の別当の娘丹鶴姫と、源為義の住まいがあったことからだそうです
この城の遺構とは何の関係も無いのですが、姫の名前を冠するだけに、
石垣しか残っていないにもかかわらず、優雅なたたずまいを見せています
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この二人の息子が新宮十郎行家、この名前を見て、うわぁ久しぶりに聞くなぁ、
子供のころ、漫画日本の歴史で、保元平治の乱で、あちこちと動き回る姿が描かれていたのを思い出しました
先に偶然行き当たった堀内氏は、この行家を祖とするらしい
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紀州徳川家の付家老2家のうちの1家、紀伊田辺の安藤(直次)家は、
司馬遼太郎の小説の中で、戦場では、必ず首級を上げてくると優れた武功を立てているが
上司や同僚との人付き合いがうまくない、人の機微を捕らえないと描かれている
それで、同僚たちは大名に立身していくが、安藤家は大名になれなかったと。

ここ新宮城の水野家も、徳川家の縁戚にもかかわらず、ほかの一党は大名家になっているのに
この家はなれなかったのだとか、
ただ、江戸末期には、南紀の風土気候で、かなりの裕福な支藩だったとか。
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石垣だけが残された城ですが、羽振りのよさを思わせるお城でした
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石垣の上よりサクラを見下ろす
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写真をあちこち撮りすぎて、もう朝の7時前
朝ごはんの約束の時間が7時半なので、そろそろ戻らなければ。
水の手口は、あれば次の機会に…
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by mimopowerOM-1 | 2009-04-22 21:27 | ごにょごにょ旅日記 | Comments(10)
2009年 04月 21日

新宮城登城記 2

木々が生い茂る、土と石段の勾配のそんなにきつくない道を登っていく
二の丸にあたるのだろうか?少し開けた場所に出て本丸あたりを見上げて写したのが新宮の最初のページにアップした写真になります

躑躅のような花が咲いていました(植物は詳しくありません)
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案内がありミモパワーは大手から登ってきましたが、どうやら熊野川に面した方向に水の手口があるようです
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熊野水軍はこの頃には通常の家臣団に組み込まれていたのでしょうけれど
紀州熊野の土地柄、また、城の立地からも興味のある経路ですが、
まだ本丸に登っていないうちから降りていくと言うのもなんなので、ここは我慢我慢

本丸の石垣は綺麗に整えられた石垣が組まれていました
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支藩3万5千石だけで、このような優雅な石垣が、本丸だけとは言いながら組めるとは思えません
石垣の美しさにサクラの花の彩りもあり、城と言うよりも、王城の雰囲気です
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紀州と尾州の間の土地柄、幕府もよっぽど重要視していたのでしょう
この城の解説を見ますと、小さいながらも完成度の高い城とされています
明治維新に取り壊された天主が残っていれば、もっと人気のある城になっていたでしょう
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by mimopowerOM-1 | 2009-04-21 20:55 | ごにょごにょ旅日記 | Comments(6)
2009年 04月 20日

新宮(丹鶴)城登城記 1

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新宮に城があるとは今回までまったく知らなかった
紀州和歌山と言えば御三家の52万石
一国一城を定めた徳川幕府に、だまされていたようだ
いや、隣の県なのにその風土、地理、歴史にあまりに無関心だったのかもしれません

こちらに向かうまでは、暖かいイメージだったので桜はもう終わっている事だろうと覚悟してましたが
道中の桜の美しさにもしやと期待をしていました

昨日の仕事の邪魔をした雨が翌朝には上がっており、めったと無い演出をしてくれました
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しかし、すっきりと晴れてはくれず、生憎の曇り空
朝の6時と言う事もあいまって光線状態は芳しいとは言いがたく
桜の色も鮮やかには程遠い
もしも良い天気なら、、、
それは言うまい桜の時にここに居合わせた事を喜ばなければ
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新宮城は紀州徳川家の付家老水野氏3万5千石
熊野川の河口近くの小高い丘に作られた平山城
沖合いを監望できる事から沖見城とも呼ばれていたそうな

散策する城の規模とすれば、大きすぎず、小さすぎず、程よい大きさ
桜祭りの提灯で飾り付けられた、整備された石段を登りきると、昔ながらの石段が現れました
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昔のままの石段と石垣、期待が高まります
リコーXR1000S+キロン28ミリF2
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by mimopowerOM-1 | 2009-04-20 00:10 | ごにょごにょ旅日記 | Comments(6)
2009年 04月 19日

新宮の町、翌朝

朝早く起きだして、カメラを持って新宮の町を散策しよう
ホテルのフロントで街の案内パンフを貰いルートの作成
徐福公園、浮島の森、記念館、速玉大社、、、

昨夜、ホテルに戻る途中で見かけたお城のようなもの、新宮城か、城があるのは知らなかった
城と聞いては外せない。。。
徐福公園は、目標とした城より少し南にそれているようだから、パスかなぁ
朝早いから、浮島の森も、何を写したかわかりづらいだろうなぁ。。。

第一目標は新宮城と決め、寝る事にする

翌朝、新宮駅近くのホテルを出、歩く事1分もしないうち右手に派手な門
徐福公園
こ、こんなに近いのかよ!
新宮は小さな町でした…
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朝早いので、門は閉まったまま。
120ミリで塀越しに徐福さんを写す
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ありゃりゃ、日付を越してしまった
書こうとすると、次女が頭に載ってくるので書けないんだよなぁ。

ちょっとだけ、書いて滑り込もうと思っていたのに、土曜はアウトだったなぁ
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by mimopowerOM-1 | 2009-04-19 00:10 | ごにょごにょ旅日記 | Comments(5)