ミモパワカメラⅡ

mimophoto.exblog.jp
ブログトップ
2008年 11月 06日

キャノン A-1 ニューFD50ミリF3.5

キャノンA-1とキャノンマクロレンズNewFD50ミリF3.5のお話

一眼レフを手に入れたのが高校生のとき
普通なら、高校の写真部に入った、
と言うのが理由になるのだろうが
私が所属したのは「地学部」
あーすさいえんす倶楽部なのであった。

地学部というと、皆さんおなじみの天体観測
天体観測といえば写真撮影が付き物、
サイエンスクラブなのだから記録をとることが大事!
と言う事でクラブ内に写真班なるものが存在し、
部室内に暗室があった

写真班は、他の基本の3つの班に籍をおき、
掛け持ちが前提となる
そして私が所属していたのは「岩石班」
トンカチで岩を砕き、小片からプレパラートをしこしこ作っていた。

天体写真と言えばペンタックス党の独壇場、
光学製品はニコンということで、
先輩達はこの2派のみが存在していた

当時はニコンを頂点とし、
キャノンがF-1で巻き返しを計り、
ペンタックスはK2
普及クラスとして認識していたのが
ミノルタのフラッグシップがXD
(X-1なんてカタログでしか見たことが無い)
オリンパスはペンFからフルサイズに
OM―1、2で参入
ツァイスレンズがすごいらしいでもボディはヤシカだよねの
コンタックスRTS、
フィルムを売るためですの
コニカ、フジカ、
と簡単に言うとこんなところ

ニコン党、ペンタ党そこにでてきたのがわれらの世代、
同級生が、新品で買ってもらったAE-1を装備し
キャノン派が登場。
まだ中古のOM-1を手にしていない私は妬んだものだった

しかし、キャノン派の彼は天体班に属し、
厳しい先輩連中に何ゆえキャノンを買ったのか?と
改宗を迫られる、
そしてその意図はまもなく現実問題として現われる。

天体班の彼は、喜び勇んで天体撮影に挑戦、
しかし過酷な夜間の長時間バルブ露出に
バッテリー4LR44では足りず、外部電源を投入するも、
太陽黒点観察のバルブ撮影では、電池切れのため
シャッターが閉じると言う失態を演じ、
中古のニコマートにシフトを余儀なくされる

しかし、時代はキャノンだった。
テレビでは池中玄太がF-1を振り回し、
CMはA-1だったような気がしている記憶違いか?

後に友人となるフリーのプロカメラマンはA-1を持ち、
住まいの近所で起こった夜間の火災に遭遇
撮影したフィルムを新聞社に持ち込んだのがきっかけで
プロになったと言う

もし、私がOM-1でその場で居合わせたとしても、
夜間ではOM-1のメーターの針を読むことが出来ず
撮れなかったに違いない。
キャノンは高嶺の花だった
e0149335_22512470.jpg

失礼、サンキュッパのリコーを失念してました、、、
[PR]

by mimopowerOM-1 | 2008-11-06 23:08 | キャノン | Comments(3)
Commented by PUSH-PULL at 2008-11-07 08:18
私なんかカメラらしい物を手にしたのが大学に入ってからの、兄から借りたニコンF2で、高校時代はまともなカメラを使ったことがなかった
やっぱり高校時代のクラブの影響って大きいですね、私は新設校だったので写真部も美術部も地学も天体もなんにもなかったのだ、おかげで生徒会会長を1年もやってしまった
Commented by 白髭 at 2008-11-07 10:23 x
私も高校へ入って写真部を創設したのですが その時のカメラは「ミノルタA2」でした。暗室は学校にありましたが 自宅にも作ったものです。キャノンやニコンは夢のまた夢でした。もちろん一眼レフなどありませんでした。中学時代に先生が「アサヒフレックス」を持っていて うらやましかったことを覚えています。だいぶ時代が違いますが。
Commented by mimopowerOM-1 at 2008-11-07 12:53
PUSH-PULL様白髭様とも、パイオニアなのですね
アサヒフレックスを持つ先生はなかなか先進的な人だったんですね


<< キャノン A-1 ニューFD5...      2008年明日香村の稲刈り >>