2012年 01月 10日

安芸 野良時計

地理的関係から言うと、安芸城から岩崎生家跡へ、そして野良時計というコースは、行きつ戻りつするかたちなんです。
これというのも、雨空とレンタカーのおかげ。
雨にたたられる前に岩崎生家も見たいし、野良時計も出来れば見てみたかったし、車でなければこの移動は時間的につらかったなぁ…
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今回もマツダのアクセラです、安芸城址にて。
雨が降る前にと、ここから岩崎生家跡へ向かう。
岩崎生家跡では雨に降られるも、時折りやみ間もあり、撮影も出来、気分に浸りました。
もう少し時間の余裕がありそうなので野良時計に向かいます。
時計に興味を持った畠中源馬はアメリカ製の時計を取り寄せて分解組み立てを繰り返し構造を理解して、自作でこの野良時計を製作したという。
わたしゃ分解してはおしゃかにするだけなので頭が下がる。
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明治の時代に時計など持ち歩く人は少なく、農作業で疲れて、ちょっと休憩と腰を伸ばせば、この時計が時間を知らせてくれる。
ありがたかったでしょうね、きっと。
そういう情景を頭に浮かべながらやってきましたが、平成の現世では、見渡すばかりの田畑の中の野良時計
という風景のままではありませんでしたけどね。

話は変わりますが、野良といえば最近ノラ犬を見かけませんねぇ
半ノラの猫たちは肉付きの良いのをよく見かけますが。
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アイレスⅢ Hコーラル45ミリF2
追伸
野良時計の針は残念ながら止まっていました
したがって、この時間は正確ではありません
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by mimopowerOM-1 | 2012-01-10 20:53 | アイレス | Comments(2)
Commented by push-pull at 2012-01-11 08:55
時計を個人で作るとは!、畠中氏って凄い金持ちだったのかしら?
この時代って、一般庶民は時計の見方も知らなかったのではなかろうか
Commented by mimopowerOM-1 at 2012-01-11 13:01
PUSH-PULL様
このあたり一帯の大地主の息子さんだったようですよ
新し物好きの日本人ですからできた途端にすぐに興味を持って理解するようになったんじゃないでしょか?


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