2010年 05月 14日

水天宮 竜馬界隈

念願の鏡川と、意外な場所にあったらしい日野野道場、その川べりを西に歩いていった方向に”水天宮”があると案内板があった。

150メートル(ヤフーの地図で確認)ほどで月の瀬橋と言う大きな橋に当ります、その道を渡ったところに”水天宮はありました。
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小さな祠で道に面した鳥居の前には桜の木、これも咲いていれば綺麗なことでしょう。
観光案内にカッパのレリーフが貼られていました。
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少し元に戻して、先ほどの月の瀬橋を渡る手前に←近藤長次郎屋敷跡170mの案内あり
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饅頭屋の長次郎の実家ですね。その下には乙女姉竜馬の水練の図が。
大河ドラマでも存在感を示している脇役の一人ですがそちらには進みません
なぜならもっと興味のある存在が観光案内に書かれていたからなのです
竜馬と同じ、名前に”りゅう”の字を持つ人物
”河田小龍塾跡”なる案内があるじゃありませんか。
河田小龍は軽格の土佐藩士の出で狩野派の絵師、アメリカ漂流から帰ってきたジョン万次郎の土佐藩の取調べの際に同席し、万次郎の得てきた西洋文明を耳にし、後に自宅に万次郎を寄宿させ
万次郎に読み書きを教え、万次郎からは英語西洋文明を学んだらしい。
中学時代の友人から進められた漫画みなもと太郎の”風雲児たち”その続刊の”雲竜奔馬”(こちらは竜馬が主役)で、なぜ絵師の小龍が同席していたかを明晰に紹介されている
その漫画の表現を借りると
・りょうま
”ショウリョウのおんちゃん、なんでその場にいたんぜよ?”
・しょうりょう
”カメラの無い時代に記録を残そうと思ったら、絵に描くしかないぜよ”
おお、おお、まさにそのとおり、カメラが無ければ絵に描くしかない
そうなりゃ絵師が必要だ。
絵が描けないミモパワはカメラが必要なのだ!。

竜馬が西洋文明に触れるのは河田小龍の塾に出かけるようになってから。
その塾は遠いんだろうなぁ、遠くても知識欲から行かずばやまぬの思いで出かけたんだろうなぁ
と思っていたら、これまた近いやんけ(おっと、お国が出てしまった)。
そりゃ見に行かねばならぬ

と、さまよってみたのだけれど、行けども行けども、何も無い
どうも、日根野道場と共に、”この辺りにあったらしい”のだが、”何処にあったかまではわからぬ”らしい。
が、どちらもリバーサイドにあったようですな。
その後長次郎屋敷跡も過ぎてから見つけた街角の広告の地域案内に
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(左下隅の赤い表記のところです)
場所を特定するものは無いとかかれてました。先に見ときゃ、時間を費やし無かったのに。
悔しいなぁ。
まぁ近くまでいけたのでよしとするか。
ミノルタXG-S NMC24ミリF2.8 NMC50ミリF1.4 NMC
さて、
次は長次郎家跡です
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by mimopowerOM-1 | 2010-05-14 21:12 | ミノルタ | Comments(0)


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